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JHONNY HIROYA

JHONNY HIROYA

【こらむ】やまどうぐ そのいち

やまどうぐ そのいち ライター てんこ

山道具は価格が高価である。値段と使い勝手はかならずしも比例しないし。ちとした使い心地の違ぜんぜん使わなかったり、ぼろぼろになってもまだしつこく使っていたり道具の運命の明暗も大きく異なってくる。

例えば辛かった系の山道具経験。

テントを貸して欲しいと友人に買ったばかりのテントを貸したのだが

まさか・・・持っていった山行で帰りにテント本体を持ってた人が失くしてしまったのである。

どうやってあんな大きなものをなくせる非常に気になるところである笑。

不可抗力の事態ではなく本人の不注意なので、気の毒だったが弁償してもらった。ポールはあるので、テント本体を弁償してもらったのだが、同じ商品がもう売っていなくて、同じようなものを買ってもらった。ところがこのテントにはポールが少し長く、入るのだが、すごく突っ張る感じで床が弓なりになってしまう。

以来使っておらず、結局別のテントを買ったのである。

この間久しぶりに使ってなかったテントを使ってみてポールが合わない!という事があり、上記の話を思い出した。

使わないで放置しておいてもいい事はないなと改めて感じた。道具は使ってなんぼである。

道具を使うといえば、先日はとことん使い込んだ愛用のザックをやっとゴミに出した。 ゴミにすることさえも名残惜しく、お弔いとして、背中のプラスチックのボーンを取り外し、いろいろなプラスチック類を外して、完全に燃えるゴミ系に仕立て上げてゴミ袋にち折り畳んで入れて埋葬したのだ(実際はゴミ車が持っていったが脳内イメージとして)。

このザックと私は共に生きてきた。

それは大学院生のとき一緒に住んでいた彼が買ってきてくれたものだ。関東に実家のある彼にお金を預けて、神奈川にあるカモシカスポーツでカモシカオリジナルのレディース用の65リットルザックを買ってきてもらった。彼は頼みもしないTシャツも買ってきてくれて気持ちは嬉しかったがあまり着なかった。このザックときたら、 それまではゼロポイントの60リットルのザックを使っていたのだが、昔は道具が全体にかさばり重かったので体重が当時42㎏の自分は自分の体重の半分以上ある20-35kgの範囲で担いでいて、冬山だとザックにものを入れるのが一苦労だし頭よりザックの方が高くなって、岩場などバランスを要するところではザックが傾くと体が持っていかれそうだった。このカモシカオリジナルのザックは口が大きく広がりぱかすかものが入ってしかも自分の頭と同じくらいの高さで歩いていてふらふらしないのだ。

そのザックで冬山も行ったし、就職してからは、1か月くらい海外に行く出張が多かったので、このザックに身の回りの物を一切合財いれてもっていっていた。とにかく何でも入ってこのザックがないと生きていけない感じだったので、ウエストベルトが壊れても、パーツを取り寄せてつけかえて、いろいろなところがおしゃかになっていったが、その都度なんとかしたり、ほっといたりして、とにかく使い続けた。それを買ってきてくれた彼とはその4年後くらいあとで別れたが、カモシカオリジナルのザックは、えーと25年以上使いました。 このザックをとうとう捨てたのでした。

先日松本のカモシカスポーツでまたカモシカオリジナルのザックを買った。 でも前のザックロスがあとを曳いていて、買っただけでまだ使ってない、道具に対する愛着はなかなか消えない。

「物を大切に!」と大人は子供に言うが 子供が「物への愛着」と本質を理解しないと物を大事にはできないのではないかと感じる。

登山には道具をたくさん要し、厳しい山行になればなるほど道具は「相棒」に変化していく。

 

ザックの話には後日談のようなものがあり、久しぶりにあった大学の先輩に、君Y寮に住んでなかったか?と聞かれました。住んでいたと答えると、その先輩がともだちとY寮の部屋にいたら、道を足の生えたザックが歩いていてびっくりしたそうです、そのザックは Y寮にはいっていったとの事。

皆さんはすぐきづいたでしょうか笑

そのやせて小さい女の子とは私の事である。

道具は使うだけではなく、思い出も共有する。         一部校正 JohnnyHiroya

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