登山 得た物・失った物

登山を始めてもう五年以上は経っただろうか、最初はトレランから入った登山だったがクライミング・山スキーにまで手を出してしまっている。
最初はトレランで充分感動したのであるが、徐々により厳しい・楽しい事を求めるようになってきた。

トレランをしていた時は練習や大会なのでいろんな人に会うことが多く交友関係もある程度は増えていたが、どうだろう今はほとんど固定されたメンバーで遊んでいる。
もちろん厳しい山行に簡単な気持ちで友達を誘う事もできないので当然であるが、言いたい事は登山にハマりすぎるという事で交友関係が狭くなっていくという事である。
登山をしている皆さまは分かるだろうが登山にハマっているとなかなか飲み会にいく時間もなく、前日は準備を済まして早く寝なければならない、登山界では普通であるが
一般社会人には少し違っていると思われる場合もあるかもしれない。

登山で得られるものは他人に説明することが難しい達成感と景色そして経験である。
写真で撮った景色の良さは誰にでも伝えることができるが、達成感・経験はどうにも登山者にしか伝わらない。
残念ながら登山をしない人にとっていきなり’これ劔!’と写真を見せられても・・・「すごいね・・・」と反応に困ってしまうだろう。
そんな事を繰り返し登山者の関係性は深く狭くなっていく。

登山で得た物・失った物 
そんな事を考えると、少し難しいと感じてしまう。
登山をしなければ、違う人生があったのは間違いない、それが良いか悪いか関わらずであるが、これほど自分を追い込んではないだろうし少なくとも今よりも多くの人と
交流していただろう。
得た物を考えて見ると・・・残念ながら特に思いつかない、あるとすれば抽象的に残っている綺麗な景色ぐらいである。
それに比べ失った物は多いと思う、休日の飲み会や大会・イベントの参加等々である。まぁそれほど多くないのが悲しいというのが本音である。

ただ登山で得た物について考えていると不思議な感覚になってくる。
厳冬期のどこの山へ登ったやらどこぞの沢を登ったなんて、記録はあるかもしれないが記憶としてほとんど覚えていない。
しかしながら決して言葉にできない’満足感’をすでに得ているのかもしれない、満足感を得た上で常にその気持ちを満タンにしなければ落ち着かないという気持ちになっているとでも考えた方がいいのだろう。

考えて見れば登山は決して特別な事ではない事かもしれない、上記の事など誰の人生にでも起こりうる事であるし’満足感’なんて美味しい食事があれば充分だ。
重厚な装備・道具を使っており、側から見れば少し特別な行為と思われているかもしれないが、実は大げさな格好で美味しい食事を食べているだけなのかもしれない。

この文章を酒を飲みながら書いていて思った事は「また山へ行きたい」である。
登山をする理由なんて説明できない!という結論に至った訳である。

手先が不器用なモンタナ君です。 モンタナスポーツの広報としてお手伝いさせて頂いております。 美しい雪景色をみながら自分だけのシュープールを描きませんか?